2020年05月19日

湖の妖精4

 

大皿を持ち上げる。

俺のか細い上腕2頭筋にズシンッとその重みが伝わってくる。

あまりの重さに足元がふらつく。

「しっかりせえよ。なんだ。そのへっぴり腰は。

よくそれでここのウェイターが務まるもんだ。」

口の悪い魚のハタが再度、俺に向けて檄を飛ばしているような気がする。

気になって中を覗いてみる。

大皿の中で波立った蒸し汁に乗って

ハタがハタハタ揺れながら海の舞いを見せている。

「今に見ていろ。みんなの目の前で俺がお前を切り刻んでやるからな。」

運んでいる最中に歩きながら魚に憎しみを込めて言ってやる。

12番の円卓の前まで来ると一旦俺は立ち止まり

「お待たせいたしました。ハタの姿蒸しでございます。」

と言いながら円卓の回転テーブルに

ふらつきながらも何とか大皿を載せる。

ここまでは何とか頼りないまでも俺としては順調に進めている。

「ただいまから、お魚を皆さまにお取り分けさせていただきます。」

一礼すると配膳台に置いてあるデカいスプーンとデカいフォークを取り出し

それを向かい合わせて作り、にわか仕立てのトングをこしられる。

お客の前でカチャカチャと音を鳴らしトングの出来を確かめる。

動きは問題ない。俺の手の動きも絶好調。いいようだ。

ここまで拝見すると、俺はものすごい料理の達人のように見える。

円卓のお客は全部で5人。

「覚悟しろ。ハタ本退屈男」俺は心の中で呟く。

ちなみにこの魚のハタに関しては俺はいつも同じ呼び名で呼ばず

気分次第でいろいろな呼び方で呼んでいたりする。

今日の気分は眉間に傷のようなものを発見したから

コイツの呼び名はハタ本退屈男って気分だ。

俺は前傾姿勢になり、まずハタに1刀入魂。

魚の頚部から尻尾にかけてデカいスプーンで切れ目を入れていく。

中国語が飛び交いながらも取り分けている俺の手元に

5人のやけどしそうなほど燃えるような熱視線が集まってくる。

その視線が俺をぐるりと取り囲んで360度感じると緊張して俺の手が震え始める。

こんな状況の中で手が震えない方がどうかしてる。

この5分割にしなきゃいけないという中途半端な奇数の数字も

俺を苦しめている要因である。

難しく考えすぎかもしれないがこれが友達ならたとえ不均等になっても

「まあいいじゃないか。ゆるせ。」で終わるのだが

これが見ず知らずの初めて会った人、

しかもその人たちの身内あるいは友達たちが周りを取り囲んでいる中で

5等分しなければいけないという使命を与えられている場合にはそうはいかない。

状況から言ったら四面楚歌そのものの状態であると言っていい。

だいたいどんな量かというものを

あらかじめイメージしておかなければならない。

しかも魚のやっかいなところは片面だけではない。

途中でひっくり返して両面魚の身をそぎ落として

トータル5等分しなければいけないという技術が要求される。

跡に綺麗に残されるのは身ぐるみはがされた魚の骨と内臓のみ。

1皿目を手元に置きながらまず俺は魚の片面の3分の1取ることに成功する。

そしてそのあと巨大トングを再度魚に持っていき、

少しだけ身をホジホジして身を持ってくれば理想とする5等分になるのだ。

よし1皿目完了。ここまでは順調。順調。

と思っていた矢先の出来事だった。

「ガチャン。」

俺の手元が狂い

手に持っていたトングの片方が滑り

大皿の蒸し汁の中に水没してしまう。

「しまった。」その瞬間、俺の顔が真っ青になる。

落ちたのはデカいスプーンの方だった。

まさか蒸し汁の中へ指を突っ込み手掴みで引き揚げてやることも

皆が見ているこの状況では、かなりはばかられる。

そんなこと絶対してはいけない。

もしこれがラーメンだったらスープの中に親指を突っ込んで

「へい、おまち。」とお客に言ってるようなものである。

ヘマしちまった。こうなったらもう大変である。

時間的にも流暢なことをしてる暇はない。

はやくしなければ・・・どうしようということになる。

「ただいま新しいものと取り換えてまいります。

しばらくお待ちください。」

と言いながらデカいスプーンを取りに厨房へと向かう。

もう頭の中は真っ白。「あ~やらかしちまった。」という思いしかない。

何を俺は今からしようとしているのかわからなくなりつつある。

「失礼いたしました。」と言いながら円卓に急いで戻るも

頭の中で計算していた5等分なんてものは

もうすでにどこかへ消え飛んでしまっっている。

元の位置に着くと手の震えが前よりも一段と激しくなっているのがわかる。

お客を待たせてしまっているという負い目があり気持ちばかりが焦る。

2皿目を取り分けなくちゃと考えていると

「おい。リーベンレン(日本人)。まずもってさっき大皿の中に落とした

大きい方のスプーンを取り除かなくてはダメだろ。

そんなこともわからないのか。

そのままにして俺たちに食べさせる気だったのか。」

と食い入るように見ていた俺の右隣に座っていた中国人のお客の一人が激しく攻め立てる。

「あ、そうでしたね。すみません。」

慌てて蒸し汁の中のデカいスプーンを

にわかに作った新しいトングで取り上げようとする。

ところがスプーン自体がとても重くて大きさに比例した重量があり

手が激しく震えて何回やっても水没した大皿の中から救い出すには

かなり難しくなっていて多くの時間がかかってしまう。

そうこうしているうちにスプーンをすくうつもりが度重なるすくい上げ失敗に対し

魚の片面が俺の巨大トング攻撃により荒らされ放題になり

魚の身が崩れに崩れて信じられないくらいの

ほぐされた身の小ささになっている。

「何してんだ。リーベンレン。へたくそ。」と右隣の男。

「はやくしてくれよ。腹が減ってるんだから。」と正面の男。

「あんなに魚の身を細かくほぐされたら魚を食べてる気がなくなりそうだわ。

私たちは魚を食べに来ているんであってフレークを食べに来たんじゃないんだから。」

と斜め左の女性。

「あんなんじゃきっと食べてもマズくなりそうよね。」と左隣のご婦人。

「このウエイター若いからきっと学生だぞ。本職じゃなさそうだ。」

と斜め右の男。

中国の老若男女合わせた5人。

この時ばかりは中国語で話さず俺に聞こえるように日本語にチェンジしている。

みんな好き勝手に思いついた文句を俺に向けて言ってくる。

あちこちから苦情が飛び交い今、俺は嵐の中にただ一人取り残された状態である。

針山の上に寝かされてると言っても過言ではない。

何と言われようともこの場を乗り切らなくては・・・

頭から湯気が出て心が折れそうになるが

ここまでケチョンケチョンにされたらもう気合いしかない。

イメージとしてはピクリとも笑わない観客の前で面白くないお笑い芸人が

1時間気合いだけでステージをこなすようなものである。

とうとうダメ出しされつつも何とか頑張り続け

最後まで俺は5人全員に魚の身をそれぞれ小皿に取り分けることができたのだった。

 

つづく

 

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